ジャグジット・シン&スリンダー・カウル・マルホトラ
| ジャグジット・シン&スリンダー・カウル・マルホトラ | |
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| Pin: | Diamond, India |
| Markets: | India |
| LOA: | BWW |
| LOS Upline: | Surjit & Surinder Waraich |
ジャグジット・シン(Jagjit Singh)&スリンダー・カウル(Surinder Kaur)[注 1]
ジャグジット・シンは銀行の支店長であったが、伝統的な商売を営む家の出身である。妻のスリンダーとの間には、娘のアミトパル・カウル(Amitpal Kaur)と息子のラビンダー・パル・シン(Ravinder Pal Singh)の二人の子がいる。
ジャグジット・シンは、父の死後に家業が傾くのを目の当たりにしたため、伝統的な商売を非常に恐れていた。「商売のことを考えるだけで背筋が凍る思いがしたので、兄弟たちも私も勤め人の道を選んだ。妻と私はさらに懐疑的だった。妻の実家も伝統的な商売をしており、義父の病気の後に大きな損失を出していたからである。これが私が銀行業界で職に就いた主な理由だった」と彼は説明する。
銀行の仕事は順調であったが、勤務先の銀行がテロリストに襲撃されたことで状況は一変した。ジャグジット・シンは完全に寝たきりとなり、無給で休職せざるを得なくなった。一家の唯一の稼ぎ手であった彼らは、人生で最も苦しい時期を過ごしていた。「この間、助けに来てくれた親戚は一人だけだった」と二人は落胆した様子で語る。妻は地域の責任者にも補償を求めて掛け合ったが、相手は無関心な様子で、ジャグジット・シンが命を落としていたなら補償を検討できたかもしれない、と述べただけであった。この出来事で二人は大きな不安を覚えた。また、勤め人の立場がいかに不安定であるかを思い知らされる出来事でもあった。日が経つにつれて状況は好転し、ジャグジット・シンは職務に復帰した。しかしほどなくして遠方の支店へ転勤となった。これにより、どれほど優れた従業員であっても上司は気にかけてくれないという認識を、さらに深めることになった。
アムウェイのビジネスは、彼の友人の一人を通じて二人のもとに届いた。彼は一人で説明会に出向いたが、現在の仕事を妨げることなく、生産的でない時間を一日に二、三時間充てるだけで、一年以内に月四万から五万ルピーを稼げるという話が理解できず、すっかり混乱して帰ってきた。
五、六年のうちに収入は二倍になり、その後三倍になった。収入はより安定し、定期的なものとなった。さらに、自分が関与していなくても収入が入ってくると見込めるようになった。これは、このビジネスが真実、誠実さ、高潔さに基づいて築かれていること、そして何より、人々が自らの夢や願いを叶える手助けをするものであることを明確に示していた。そのうえ、名声や評価を得ることもできる。全額支給の世界旅行を楽しみ、世界中に友人をつくることもできる。
二人は、このビジネスを築く知恵を授けてくれた神に感謝している。また、全面的に支えてくれ、このビジネスを築いてブリット(Britt)の受講生となるよう励ましてくれた妻にも感謝している。彼は、以前よりも身体的にずっと良い状態にあり、家族の価値観も向上したと感じている。「私と妻、娘、娘婿、息子、嫁、そして二人の孫のビスマン(Bismann)とマンリーン(Manleen)は、友人同士のようなものだ」とすぐに付け加える。現在では、このビジネスのおかげでストレスのない生活を送り、家族のための時間が十分にあり、家族や社会のためのプロジェクトをより達成しやすい立場にある。二人は、このビジネスは独立後のインドで起きた最良の出来事だと感じている。誰もがこのビジネスを築く知恵を授かるよう全能の神に祈り、古いヒンディー語映画の歌詞「Joth se joth jagate chalo, prem ki ganga bahate cholo」で締めくくっている。
ダウンラインのダイヤモンド
注
- ↑ 片仮名表記は原綴りからの音訳であり、アムウェイの公式表記ではありません。
