ハリス、ボビー&プリシラ
| ボビー・ハリス&プリシラ・ハリス | |
|---|---|
| |
| Pin: | Diamond (1985) |
| Markets: | United States |
| LOA: | BWW |
| LOS Upline: | Spencer, Jack & Magee |
| Website: | http://bww.com/ |
ボビー・ハリス(Bobby Harris)[注 1]は、バージニア州北部で野球とバスケットボールのコーチを務めるかたわら、16年間体育の教師として働いていたが、何かを変えなければならないと感じていた。仕事には全力を注いでいたものの、その職業では妻と2人の子どもを養うのに十分な収入が得られなかったのである。
妻のプリシラ(Priscilla)はかつて秘書をしていたが、2人は、彼女が幼い2人の息子の子育てに専念すべきだと考えていた。
ボビーは4つの仕事を掛け持ちし、家族と会う時間もほとんど取れない状態だった。そのようななかで、2人はあるマーケティングビジネスを紹介された。2人がすぐに返した言葉は「やってみてはどうだろう」であった。
ボビーは、ビジネスを紹介してくれた友人が置いていった2冊の本とテープを、一晩中起きて読み、聴いた。
翌朝8時には、ボビーは友人の家のドアをたたき、「このビジネスにわくわくしています。次は何をすればよいですか」と尋ねた。
「システムに厳密に従うことが鍵でした」とボビーは語る。「ブリット・システムを通じて、ダイヤモンドに到達するために必要な資質を身につけることができました」。ルビーに到達した後、2人は寝室が5つある家を購入し、家具もほぼすべてそろえた(その大部分はパーソナル・ショッパーズ・カタログを通じて購入した)。また、新しい衣類、新車2台、そしてプリシラのためのダイヤモンドの指輪とミンクのコートも手に入れた。慈善活動への寄付も増やすことができた。同じ年、ボビーは37歳で自由を手にした。
信仰と努力、そして祈りが聞き届けられたことにより、ボビーとプリシラは1985年にダイヤモンドに到達した。このビジネスは1981年以来、2人の生計のすべてであり、息子のボブ(Bob)とビル(Bill)は文字どおりこのビジネスのなかで育った。息子たちは、両親がそろって家にいることで大きな恩恵を受け、両親とともに多くの珍しい土地へ旅行することも楽しんだ。
ボビーは、ビルの高校でボランティアのバスケットボール・アシスタントコーチを務め、息子とチームの仲間を指導することを楽しんだ。ボビーとプリシラの2人は、ビルがペンシルベニア州のゲティスバーグ大学でコーナーバックとセーフティとして過ごした4年間、ほぼすべてのフットボールの試合を観戦できたことにも感激した。
2人は、プリシラの両親を結婚50周年の記念にバハマとハワイへ旅行に送り出すことができた恵みにも与った。ボビーの父親と妻には、カナディアン・ロッキーからニューイングランドまで、カナダ横断鉄道で旅をする機会が贈られた。これは父親が長年夢見ていたことだった。
現在、ボビーとプリシラは、決意、努力、忠誠心、そして神を最優先にすることのおかげで得られた質の高い生活を送っている。「このビジネスは、人生で望むもの、すなわち時間、お金、精神的な成長、そして質の高い家庭生活を実現するための最高の機会だと私たちは信じています。私たちにできたのですから、あなたにもできます」。
注
- ↑ 片仮名表記は原綴りからの音訳であり、アムウェイの公式表記ではありません。
